おばあちゃんの食器棚 第9話「兎が走る絵皿」

 

小さな家に残された、ひとつの食器棚。

はるさんが残した器や布たちが、

手しごとの物語を

静かに語りはじめます。

 

稲垣早苗・文   大野八生・絵

 


 

第9話「兎が走る絵皿」

 

 僕は6寸皿。5枚揃って食器棚の中にいる。

 はるさんが一番手に取りやすい中段の前方が定位置。花形ポジションともいえるこの位置を20年以上守っているんだ。

 とはいえ、出たり入ったりしているから、落ち着かないけどね。我ら5人衆、いや5羽衆は働き者だから。

 

 朝は果物が盛られることが多いかな。イチゴ、キウイ、ブドウ、イチジク……。果物の瑞々しい色は、僕らの白い磁器の肌によく似合うんだ。

 

 おやつの時間もたくさん働いた。はるさんの家はいただきものが多い家だったから、洋菓子、和菓子、日本中のおいしいお菓子を僕らは載せることができたんだ。もちろん、はるさんお手製のスイートポテトやパウンドケーキは常連さんだったしね。

 

 晩ご飯では、取り皿として木のテーブルの上によく載せられた。はるさんの家では大皿に盛られた料理を、家族が銘々に取り分けていたからね。

 でも、毎日出番があったわけではないんだ。同じような大きさの陶器や漆の器も同じ段でスタンバイしていたから。

 

 はるさんはその日の気分で、僕らを食器棚から出したり、他の器にしてみたり。そこに法則はないみたいで、この料理にはこの器、と決めつけたりしなかった。暖かかった日、凍えた日。華やかなおかずの日に、残り物を並べた日。毎日どこかが違う食卓の巡り合わせの中で、選ばれる器も日々いろいろ。家族のごはんは、法則がないから飽きないんじゃないかな。これは20年以上働いてきた、僕のささやかな気づきなんだけど。

 

 ところで僕らを作った人は、陶芸家の満さん。みつるさんて言う名前だけれど、まんさんと呼ばれていた。

 

 満さんは古い時代の器が好きでね。美術館や骨董屋さんを巡っては、気に入った古い器の前でずっと立ち尽くしているような人だった。手に触れられるものであれば、器を掌に包み込むようにしてじっとしている。そして、絵付けがされていれば、目で、心で、筆のあとをなぞるように見つめていた。

 

 時が経ってもこんなに生き生きとしている器、本当に不思議だ。形も色もなんて美しいんだろう。窯から出た時の瑞々しさと、日々使われることで重なる風格のような佇まいが、得も言われぬ静かな輝きになっている。そして、その輝きはまだこれからも増してゆく予感がある。

 

 僕もこんな仕事をしていきたい。作ったあと、そして、自分の姿が消えたあとにも、受け継いだ人が育ててくれるような器。特別なことじゃないんだ。ただ、日々使ってもらう。それ自体が器を美しく成長させていく。

 

 いにしえから綿々と続いて生きた陶工たちの営みの中で、ちいさくても確かな点になれるような仕事がしたい。古い器を巡る旅のような時間を経て、満さんは想いをかためていったのでした。

 

 器づくりの中でも、満さんが特に手掛けたのは絵付けでした。力を注いでいたのが、いきもの、動物の文様。鳥、牛、羊、馬、そして、僕ら兎も。絵付けを始めたばかりの頃、満さんはスケッチブックに向かってうんと太い芯の鉛筆で動物を描いた。

 

 今まで見てきた器に描かれた動物、自分の心の中で息づくいきもの。何枚も何冊も描いて描いて、描きたい姿が定まっていざ素焼きの器に筆を載せると、まったくうまくいかなかった。

 

 描きたい姿を描こうと意識すると、器に運ぶ筆が思うように動かなかった。それは鉛筆と筆の違い、紙と器の違いもあるのだろうけれど、描きたいという気持ちが勝っているとうまくいかないことに気がついた。そして、ふっと力を抜いて、真空のような心で筆を運んだときに限って、気に入った絵が描けた。

 

 器に滑らす筆の速度を満さんなりに掴むと、あとはこだわりを手放すように心がけた。自分の心や手の中には、たっぷりと描いてきたいきものの姿があるのだから、その姿を伸びやかに出せばいい。どこかに心をひっかけないで、できるだけ心を整えて絵付け仕事に向かおう。それはちょっと難しいことでもありながら、そう心がけること自体が、満さんにとっては爽やかなことだった。

 

 

 こうして絵付けを続けてきたある日、満さんははるさんと出会った。

「この兎、走ってる。飛び跳ねてる。器の中で生きている」

 

 はるさんは満さんの個展会場でそう言うと、僕らが描かれた5客の器を買い求めてくれた。

 

「馬は走り、鳥は飛び、羊は深く眠っている。美しい器の形の中で、いきものたちが伸びやかに生きている」

はるさんの言葉がご褒美のように満さんの耳に、心に響いた。

 

「ありがとうございます。
 たくさんたくさん描き続けていくうちに心が軽くなって、動物にいのちが吹き込まれていくようになったのかもしれません。そして、陶芸、焼き物であることも、僕の絵を助けてくれるんです。高温の熱をくぐり抜けて窯から出したとき、自分が作っておきながら、天と言ってよいのでしょうか、自分よりもっと高いものに任せたというか、預けた先で作品に出会い直したような気持ちになるんです」

 

 満さんは、自分の作品であって自分だけの手で生まれたものではない、そんな風に言っていたのかな。実は僕も、ちょっと似たようなことを感じているんだ。僕は僕であって、僕だけじゃない、って。変かな。この食器棚の中に5つの皿で一緒にいると、僕と僕以外の兎の皿がつながって感じられるんだ。僕は僕だけれど、僕以外の器とつながっているって。

 

 そして、僕の前にたくさん描かれたいきものたちの絵の先に自分がいる、というような気持ちになってきたんだ。

 いにしえから描き続けられた絵付け、満さんが描き続けた絵付け、そして僕が生まれた後に描かれていく絵付け。

 

 人が描かずにはいられないものの姿。その中の一粒のような自分。そんな風に感じると、なんだか安らいだ気持ちになるんだ。食器棚の中でね。

 

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 はるさんの家に来てからうれしいことは幾つもあったけれど、幸せな気持ちになるのはこんなときだね。

 

「菜津ちゃん、器並べてくれる?」

 

 はるさんが娘さんにそう頼んで、菜津ちゃんがまっさきに僕らに手を伸ばしてくれたとき。ああ、信頼されているんだなって、じんわり5羽で喜び合ったものさ。

 

 陸君に菜津ちゃん、今は大人になってこの家には住んでいないけれど、年に何度か帰ってくると、いつも僕たちをテーブルに載せてくれていた。手土産のお菓子を載せたり、はるさんお得意のちらし寿司を盛ったりしてね。

 

 僕らが載っているテーブルを囲んで交わされる会話は、ほとんど笑顔の中のこと。職場のこと、新しい家族、古くからの友人、思い出話。もちろん、尖った声が聞こえたこともあったけれど、そんなとき、僕らは食器棚の中でおとなしくしていたから。僕らが食器棚から出て働く時は、和やかなときばかり。幸せな役回りだったんだね。

 

(第10話につづく・2023年2月12日頃に掲載予定)

 

 

稲垣早苗(ヒナタノオト)

作り手と使い手の橋渡しをする、工藝ギャラリーの仕事を続けて36年が過ぎました。

人の手から生まれた愛おしいもの。「伝える、贈る、遺す」を心において物語を紡ぎます。

https://musubuniwa.jp/

 

大野八生(イラストレーター)

植物を中心とした、繊細でいてあたたかな絵が人気。小社発行の『明日の友』表紙を長年描く。絵本や児童書の挿絵を描きながら、造園家としても活躍。

 

 

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第1話から4話までは、『婦人之友』2022年5月〜8月号に掲載されています。ぜひ、お手に取ってご覧ください。

 

第1話「大きな食器棚」(2022年5月号)

 

第2話「漆のご飯茶椀」(2022年6月号)

 

第3話「こぎんのティーコゼ」(2022年7月号)

 

第4話「木のサラダボウル」(2022年8月号)