しぜん・しごと・暮らしは地つづき 第3回「雪下ろしと漬物交換」

 
 岐阜県にある白山国立公園の南側に位置し、縄文の時代から続くという集落、石徹白(いとしろ)。
 この地の自然と土地が培ってきた人々の暮らしを受け継ぎ、現在の私たちに「服づくり」という形で、古くて新しい文化を伝える「石徹白洋品店」の活動や日々の営みを、店主の平野馨生里さんがつづります。
 

 

石徹白洋品店の しぜん・しごと・暮らしは地つづき [第3回]

雪下ろしと漬物交換

平野馨生里(石徹白洋品店・店主)

 

 

 2024年になりました。本年も、どうぞよろしくお願いいたします。

 

 12月には、自由学園明日館にて展示会とお話し会をさせていただきました。読者の皆さんにご来場いただき、お話しすることができとても嬉しい時間でした。足をお運びいただいた方、気にかけてくださった方、どうもありがとうございました。

 

 さて今日は、雪国・石徹白の暮らしについてお話ししたいと思います。

 

 

雪囲い

 

 石徹白は日本有数の豪雪地帯です。世界遺産として有名な白川郷と匹敵するほどの積雪量があります。スキー場の奥にある集落ですから、むしろ雪が降らないと困ってしまいます。

 大雪が降ることが前提なので、12月までには家の周りに「雪囲い」をします。雪で窓ガラスが割れたり戸が壊れたりしないように、木やトタンの板などでしっかりと覆います。

 

 雪囲いをした石徹白本店。

 

 

 積雪量に加えて、屋根から「雪下ろし」をするので、多い場所では1階が埋まるくらいの雪の高さになります。こうなると家の中は真っ暗。外の光は全く入ってきません。その代わり、かまくらの中に住んでいるようなものなので、風の影響がなく、じんわり暖かく感じられます(実際は最低気温はマイナス10度を超えることもあり、極寒なのですが……)。

 

 

雪と漬物

 

 雪の季節は畑仕事がないので、地域の人と顔を合わせることが少なくなります。ただ、お会いすると雪の話題で盛り上がります。

「今年はどれくらい積もるやろな~」

「おまえんとこの屋根、うつくしゅう、雪が降ろししてあったなあ」

「除雪(車)が思ったより早よう入ったなあ」

 誰もが気にしている雪の話題。共通の“気になり事”があることで、親密な関係が築かれるような気がします。

 

 

 

 また、漬物交換も活発です。同じ材料で漬けたものでも家庭によって塩加減も違えば、家にいる酵母菌も違うせいか、あるいは、漬けた人の手が違うからか、漬物の味に差があります。食べ比べができて楽しいですし、勉強になります。

 

 私は今年は石徹白かぶらの漬物の色があまりピンクにならなかったことを残念に感じて、お隣のNさんに相談しに行くと「赤かぶもちょっとだけ入れるといい」とアドバイスをいただきました。

 

お隣さんから頂いた「ニシンずし」。

 

 

 これまでも、もうちょっと柔らかく漬けたいとか、もうちょっとまろやかにしたい、など漬物の困りごとは地域のおばあちゃんたちに味見をしてもらいながら相談し、塩の量、重石の数などを教えてもらってきました。

 

 雪のこと、そして漬物のこと。私はこうした身近な話題を身近な人と日々お話しできることが小さな喜びで、たくさんの小さな喜びの積み重ねによって、大きな安心感と幸福感に包まれているように感じています。

 

なんでも相談に乗ってくれるおばあちゃん。

 

 

冬は聞き書きの季節

 

 夏場は地域の方も、そして私自身も畑があり、さらに藍染の作業もあるのでお天気に左右されながらバタバタと忙しなく動き回っています。しかし雪がたっぷり積もる冬は気持ちがのんびりします。

 

 そんな冬は聞き書きの季節です。聞き書きとは、その土地で生きた人の話を録音し、書き起こして文章にまとめて記録すること。

 

 雪降りの日にこたつを囲んで、ひとりの人の話を聞かせてもらいます。ちょうど去年の今頃は、80歳を過ぎたおばあちゃんの子ども時代について聞かせてもらっていました。どんなおやつを食べていたのか?どんな遊びをしていたのか。

 

 「石徹白でもうちだけやわ~」と大声で笑いながら、野の草や山の木の実を食べに飛んで歩いた話をおもしろおかしく語ってくださいました。昔の話を聞くことは、その人の人生の一端を聞かせていただくことです。具体的な暮らしの技術や知恵だけではなく、“楽しかった、嬉しかった、辛かった、しんどかった”など、感情が浮き彫りになります。

 

 

 

私の聞き書きの師である渋澤寿一氏(農学者。高校生が山村や漁村の暮しの名人を訪ねる「聞き書き甲子園」に携わる)は、「聞き書きがある地域とそうではない地域では、未来が変わる」と言っています。

 

 聞き書きに関わった人はもちろん、聞き書きを読んだ人は、その人のこと、その土地のことを好きになる。好きという気持ちは多かれ少なかれ未来を変えていくのだと。

 

 確かに、そうかもしれません。私は石徹白のおばあちゃんが花を植えるのが好きだと聞きました。なぜかというと冬が長いので、春先に花が咲くのを見ると気持ちが明るくなるからだと言います。

 

 私はそれを聞いて、「私も花を植えたい」と思い、花を植えるようになりました。花を植えることがひとりのおばあちゃんの話で私に連鎖して、家のまわりを明るくしてくれています。

 それを見た移住者の仲間が「お花が綺麗だから私にも種を譲って」と声をかけてくれました。

 

聞き書きについてお話しする渋澤寿一さん。

 

 

 小さなことだけれど、ひとりの人の言葉が地域の景色を作っていく、未来を変えていく。

 この冬も暖かいこたつを囲んで、おばあちゃんにお話を聞く時間を楽しみにしています。

(聞き書きの冊子はこちらから販売しております。ご興味のある方はご覧くださいね。)

 

 

手仕事に没頭する

 

雪が降るこの季節に、石徹白洋品店ではワークショップを行なっています。冬季は雪があり道路状況が悪いので、店舗は11月から4月まではクローズしています。

 

 それにも関わらずワークショップを開催して、1日に3本しかないコミュニティバスを使って参加者に来ていただくのは、冬の石徹白の魅力に触れてもらいたいからです。

 

 

 

 寒い時はマイナス20度近くなり、多い時は2メートル以上の積雪になる石徹白。でも、だからこそ見られる美しい風景があります。雪に覆われるから手仕事が捗ります。ともに時間を過ごす仲間との関係も濃くなります。

 

 2泊3日、地域の民宿に泊まり、神社の参拝、古い服を地元の人に見せていただいたり、夜は交流をしながら、ご自身の服を1着仕上げていくというプログラムです。

 

 このワークショップは、実はある80代のおばあちゃんの話がきっかけになって始まりました。

「囲炉裏端でな、姉さんの横に座ってたつけを縫ったんじゃ。3月になると、6月の田植えのために新(あら)のたつけを一本縫うもんじゃった。それが楽しみなった」

 

 服を自給することは大変な時代だったと思いますが、春の田畑の仕事のために自分の新しいたつけを縫うのがどんなに嬉しいことだったか。服は買うものと私たちは思い込んでいますが、かつては服は全て作るものでした。

 

 自分にぴったりな大きさにアレンジしながら、それを着て働くことに心躍らせながら手仕事をした。そんなおばあちゃんの時代に思いを馳せています。

 

 

ワークショップの詳細はこちらからご覧ください

 

 

 

 今回も最後までお読みいただき、ありがとうございました。今年、2024年は石徹白洋品店を始めて12年目の年になります。年女の気分です。

 

 この12年の間に、仕事を創るとともに妊娠・出産・子育てを重ねてきました。次回は私の4人の子どもたちや子育てについても、書いてみたいと思うので、どうぞお楽しみに。

 

 


[編集部から]

近所のおばあさんから平野さん、そして移住者の方へと、春を楽しみに花を植える連鎖に、石徹白地域のあたたかさを感じます

雪下ろしも漬物交換も地域のつながりがあってこそ。この土地に生きてきた方たちの聞き書き集もぜひご覧くださいね。

 

*ご感想メールを、ぜひ編集部へお寄せください。 → be@fujinnotomo.co.jp