しぜん・しごと・暮らしは地つづき 第10回「たつけの作り方を広めたい」

 
 岐阜県にある白山国立公園の南側に位置し、縄文の時代から続くという集落、石徹白(いとしろ)。
 この地の自然と土地が培ってきた人々の暮らしを受け継ぎ、現在の私たちに「服づくり」という形で、古くて新しい文化を伝える「石徹白洋品店」の活動や日々の営みを、店主の平野馨生里さんがつづります。
 

 

石徹白洋品店の しぜん・しごと・暮らしは地つづき [第10回]

たつけの作り方を広めたい

平野馨生里(石徹白洋品店・店主)

 

 

服の作り方を公開すること

 

 石徹白洋品店では、服の作り方を詳しくお伝えする「民衣シリーズ」の本をこれまでに5種類発行しています。

 そしてその本を教科書にしたワークショップを毎年6回ほど開催し、服の作り方を広める活動をしています。

 

 

「たつけの作り方」の本

 

「服の作り方を広めちゃって大丈夫なんですか?」

「普通は作り方を公開しないですよね?」

お客様にそんな心配をしていただく一方で、

「直線だけでできる服の作り方を教えてもらえて、本当に嬉しいです」

「洋服を作ると端切れがたくさん出るので、作り方の本が重宝しています」

という喜びの声をたくさんいただきます。

 石徹白洋品店にとって「民衣シリーズ」は、とても大切な存在になっています。

 

「たつけの作り方」の中ページ

 

 

「民衣シリーズ」誕生のきっかけ

 

 私が初めて石徹白で「たつけ」を作るきっかけとなったのが、この連載でも紹介した私の心の師匠・カンボジアの森本喜久男さんでした。森本さんが「君はたつけを作るといい」と勧めてくださったとき、同時に「作り方も広めるといいよ」とポロッとおっしゃったのです。

 

 そのときは、「そうなのか~」と軽く受け止めたのですが、実際にたつけを石徹白小枝子さんに教えてもらっている中で、たつけの素晴らしい作りに感激し、「作り方を広めるといい」という森本さんの言葉が身に染みてきたのです。

 

 何が素晴らしいか――それは、布を無駄にしないための賢さが詰まった裁断方法と、少ない布で一本のズボンをパズルのように組み立てていく縫製です。どこの部分がどこに来るかがわかりやすい”洋服”に比べると、“たつけ”の作りは非常に難解で複雑です。

 

裁断図と完成した服

 

 小枝子さんの隣に座って、「はい、次はここを縫うの」と一つひとつ教えてもらわないとわからなかった私は、同じようにそれをお伝えしていくことで、一人でも多くの人とたつけを作る感動を分かち合いたい、と思ったのです。

 それとともに、自然の素材を時間や手間をかけて布にした日本の先人たちの「布を大切にする」心や、そのための知恵を受け継ぐことが、これからの時代により一層大切になってくると確信し、「民衣シリーズ」を展開していくことに決めました。

 

 

第1弾は「たつけの作り方」

 

 たつけはこれまで口伝で母から娘へ、あるいは祖母から孫へ、あるいは、姉から妹へ受け継がれてきたものでした。囲炉裏端に隣り合わせに座って「次はここ」「ここはこうじゃ」と丁寧に教えてもらうことで、ようやく初めてのたつけを一本作ることができたのでしょう。

 

 私が石徹白小枝子さんや石徹白りさこさんにたつけを学んだとき、彼女らは何のメモも見ることなく、私に寸法や手順を教えてくれました。

 

りさこさんに、たつけの作り方を学ぶ

 

「もう何十年も作ってないけどね~」と笑いながら、「はい、ここは◯寸◯分」「ここをこうやって縫っていくの」と作り方が頭の中から出てくるのです。「やりつけりゃ(作り慣れたら)簡単じゃ」と言うりさこさんは、家族のたつけを何本縫ったのでしょう……。

 

 こんなふうにして口伝えで学んだ作り方を、イラストを添えてわかりやすい本にするのは想像以上に大変なことでした。イラストにすること自体が難しいし、着る人によってサイズ展開やアレンジを細かくおこなう必要がありました。作り方の本を制作する段階で、すでに製品としては完成していたので、その服を基本としサイズ展開をしました。

 

 ただ、例えば、“洋服”の場合は長くしたいところは長くして、それに伴って縫い合わせる対の部分も長くするという単純な変更で良いのですが、たつけの場合は1枚の布を端切れなく使うことが基本的な考え方なので、まさにパズル。一つ変更すると全体のバランスをどううまく取るか、ということを考え尽くさないと、縫っている途中でつじつまが合わないことが出てきてしまうのです。

 

 変更をした時に、どう合わせていくか、つまり、どの寸法とどの寸法が関係しあっているのかを熟知していないと最終的にどこかがずれてしまう可能性があり、そこが難所であることが「たつけの作り方」を制作する上でわかってきました。

 

 

たつけはオーダーメイド

 

 石徹白小枝子さんと石徹白りさこさんに教えてもらったたつけは、それぞれ寸法も形も多少違うものでした。そして、他の方からいただいた古いたつけも、少し違う。それは当たり前のことで、着る人に合った大きさで、たつけは一本一本家庭で縫われたオーダーメイドの服だったからです。

 

かつての石徹白地域では、誰もが手作りの服を着ている

 

 だから私自身、さまざまなサイズのたつけをたくさん作ることで、どの寸法をどう変えたら良いかということが徐々にわかってきました。正解は一つではなく無限に広がっているので、そこが難しさであるとともに面白さでもあると思っています。一枚の布を端切れなく使って服を仕立てる醍醐味は、ここにあります。

 

 

ワークショップで伝える

 

「たつけの作り方に正解はありません」という文言を「たつけの作り方」に書き添えていますが、まさにワークショップでは一人ひとり全く違う「たつけ」ができます。

 

たつけワークショップでの完成写真

 

 たつけのワークショップを始めた理由は、「たつけの作り方」の本だけでは伝えきれないポイントがたくさんあるからです。私がおばあちゃんたちに学んだ後、わからないことがあって聞きにいくと、毎回違う方法や考え方を新たに教えてくれました。

 ワークショップでそれら全てをお伝えできるわけではないのですが、一人ひとりサイズやアレンジが違うものを作るので、異なる寸法で作る他の人のたつけを見ることもでき、自分だけでは気が付かなかった点も学ぶことができます。

 また、石徹白で行うワークショップでは石徹白地域を楽しんでいただきたいという思いから、作るだけではなく、神社への参拝や地域の人との交流の時間も設けています。たつけが育まれた地域のことを学んでいただく、先人らの暮らしぶりを知っていただくという目的もあります。

 

 たつけを作っていると、なぜこのような作りの服ができたのか不思議に思います。それくらい複雑な作りなのです。けれど、背景を知るとより一層「たつけ」への理解が深まります。どうやって布を作っていたのか、それがどれだけ貴重だったのか、たつけを着てどんな仕事をしていたのか、こうしたことはどのような自然条件の地域で営まれてきたのか……。

 ワークショップは現在とても人気で、遠路はるばる石徹白まで来ていただけることが本当にありがたいです。

 

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2024年10月26〜28日の「たつけ・はかまづくりワークショップ」は定員に達してしまいましたが、ご興味のある方は、次回以降にまたぜひご参加ください。

▶詳しくはこちらから

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たつけの御師=たつけワークショップ認定講師

 

 こうして「作り方の本」の発行と「ワークショップ」の開催を重ねる中で「私もたつけの作り方を教えてみたい」という方が出てきました。たつけの作りの素晴らしさを知れば知るほど、“誰かに伝えたい”という思いが募り、“作り方を教わりたい”という声が増えてきたのです。

 

 そこで、作り方を教えるための講座を開くことにしました。それが「たつけワークショップ講師認定講座」です。ただ作り方を教えるだけではなく、たつけが作られてきた石徹白集落のことも一緒に伝えてくれる仲間が増えるような仕組みにしたいと考えました。私が石徹白小枝子さんやりさこさんから聞いた昔の暮らしのこと、作られていた麻のたつけのことなども含めた全体像をお伝えする内容です。

 

たつけワークショップで古い服を見ながらお話を聞く

 

 認定講師になった人は、私たちの仲間として全国各地で石徹白たつけを広めてくれています。

 石徹白はとても素晴らしい土地ですが、現在、過疎が進み、もともと住んできた人がどんどん減ってしまい寂しく思っていました。私たちは縄文時代から続くこの土地の文化や歴史を継承し、新しい文化を生み出していきたいと「たつけ」をはじめとする服を作っていますが、正直なところ、先人が亡くなるごとに寂しく心細さを感じてきました。しかし、認定講師が増えることで同じ志で動いてくれる仲間が加わったように思い、心強く、励まされるのです。

 

 現在、合計12名の認定講師が生まれています。これからも年に2回の認定講座を行い、仲間づくりをしていきたいと意気込んでいます。

 

 

たつけから学ぶこと

 

 たつけの作り方を伝えることは私にとって大きな喜びです。大袈裟に聞こえるかも知れませんが、こうした直線裁断の服は、私たち日本人のアイデンティティに関わるものだと感じるからです。

 

 生きるために働く。そのための作業着として使われてきたたつけは、今私たちのまわりに溢れる洋服とは全く違う背景・考え方から生み出されました。

 

たつけを穿いて働いている姿

 

 日本人は本当に賢い人たちだったと、たつけを知れば知るほど実感します。それは日本人の誇りだし、そうした智恵に学ぶことこそが、持続的な社会をもう一度取り戻す大きなヒントになると信じています。

 とはいえ、そんな大それたことを考えず、「まずは一本たつけを一緒に作りませんか?」とお声がけして、仲間を増やしているところです。

 

 

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「石徹白洋品店」展示販売会と、トークイベントのご案内
2024年9月27日(金)〜29日(日)に自由学園明日館にて、石徹白洋品店の展示販売会を開催します。

28日(土)には、平野馨生里さんと”文化の翻訳家”吉澤 朋さんによるトークイベントを行いますので(要申し込み/会場は婦人之友社)、ぜひお運びください。

▶詳細・お申し込みはこちらから

 

 


[編集部から]

ワークショップではたつけ作りのほか、石徹白地域の方とお話をしたり、大自然の中で過ごす贅沢な時間。

石徹白洋品店を訪れてみたい方に、おすすめの機会です。

 

*ご感想メールを、ぜひ編集部へお寄せください。 

be@fujinnotomo.co.jp