しぜん・しごと・暮らしは地つづき 第11回「たつけを世界へ」 | 婦人之友社 さあ、生活を発見しよう

しぜん・しごと・暮らしは地つづき 第11回「たつけを世界へ」

 

 
 岐阜県にある白山国立公園の南側に位置し、縄文の時代から続くという集落、石徹白(いとしろ)。
 この地の自然と土地が培ってきた人々の暮らしを受け継ぎ、現在の私たちに「服づくり」という形で、古くて新しい文化を伝える「石徹白洋品店」の活動や日々の営みを、店主の平野馨生里さんがつづります。
 

 

石徹白洋品店の しぜん・しごと・暮らしは地つづき [第11回]

たつけを世界へ

平野馨生里(石徹白洋品店・店主)

 

 

 私が創業当初から掲げていた目標の一つが、「たつけを世界へ」です。まだ叶っていない夢ですが、先日、小さな一歩を踏み出しました。

 

イギリスの「MINGEI」の展覧会で紹介

 

 2024年3月23日から9月22日まで、イギリス・ロンドンにあるウィリアム・モリスギャラリーにて、日本の民藝を紹介する展示会が開催されています。そこで石徹白洋品店の「たつけ」や「越前シャツ」、そしてその裁断方法が紹介されることになりました。

 

 

モリスギャラリーの外観

 

 モリスギャラリーの今回の企画展のイギリス人の担当キュレーター・ローシンさんと、当企画に関する日本のパートナー・吉澤朋さんから連絡があった時は驚きました。私たちのようなとても小さなブランドが、デザインの父とも呼ばれるウィリアム・モリスのギャラリーで紹介されるなんて夢みたいです。しかも個人的に尊敬してきた民藝の提唱者・柳宗悦に関する展示で取り上げられるなんて!と、興奮を隠せませんでした。

 

 

石徹白視察

 

 展覧会スタートのちょうど1年半ほど前、石徹白にギャラリーのキュレーターが視察に来られました。まだ何も具体的なことは決まっていないことから詳細は伝えられませんでしたが、私たちはこれまでやってきた服作りについて紹介しました。

 

 石徹白という小さな山間集落で続いてきた直線裁断の民衣を、この土地に住んできたおばあちゃんたちに学んで復刻したこと、環境に配慮した藍染や草木染めで服を染めていること、作り方を後世に伝えるために本を作りワークショップも行なっていることなど。

 キュレーターのローシンさんは私たちの服作りについて非常に深く共感してくださり、今後何かご一緒できるかもしれない、と固い握手をして別れました。

 

ローシンさん訪問時の様子

 

 視察からしばらく経って、連絡がありました。ギャラリーでMINGEIの展示をするから参加してほしいとのメールでした。私はもちろん快諾しました。その後、服を借りたい、そして図録を作るから添削をして欲しいなどの連絡のやり取りが始まりました。

 

 ローシンさんと、吉澤さんの作成した図録用の文章を読んで初めて、石徹白洋品店がどのように評価されたのか、このMINGEIの展示会でどのような位置付けで紹介されるのかということが分かりました。

 

展覧会の図録・掲載ページ

 

 

民藝・第3世代

 

 今回のMINGEIの展覧会は3つのパートに分かれています。柳宗悦らに影響を与えた19世紀の品々、柳宗悦、濱田庄司、河井寬次郎による民藝運動が活発になり民藝の土壌が醸成された20世紀の作品等、そして今日の民藝の在り方を問いながら、その核となる価値観を現代的に再解釈する21世紀の作り手がそれぞれ紹介されています。

 

展示の様子

 

 石徹白洋品店は「民藝」の考え方や、現在いわゆる民藝を志向する人たちの方向性と合致するとは断言できません。私たちの服作りはどちらかというと聞き書きや地域調査などの“民俗学”から始まっているので、耽美(たんび)的な要素の多い民藝とは一線を画しているのが事実だと認識しています。

 

 しかし、モリスギャラリーでの展示においては、民藝に影響を受けた21世紀の作り手として位置付けられています。民藝の原理である環境に配慮した持続的で丁寧なものづくり、自然素材と地域への尊敬や責任感、アーティストではなく無名の職人による手仕事での活動だということです。

 

石徹白洋品店の服の展示

 

 この土地で続いてきたおばあちゃんたちから学んだものづくりが、イギリスでの民藝の展示において、21世紀の作り手として評価されたということが、私にとって驚きと喜びでいっぱいでした。

 

 

たつけ裁断のデモンストレーション

 

 829日、展覧会のイベントの一環としてたつけの裁断のデモンストレーションをモリスギャラリーで行うことになりました。私はコロナ禍以降初めて、実に7年ぶりに海外を訪れました。イギリスに行くのは初めてのことでした。

 

 モリスギャラリーのMINGEIの展覧会が行われているホールの一部にイギリス人やイギリス在住の日本人などが20名ほど集まり、私のデモンストレーションを見ていただきました。

 

 たつけの裁断の前に、石徹白のこと、石徹白洋品店のこと、たつけのこと、服作りのことをプレゼンテーションしました。そしてその後、藍染の反物と、たつけを教えてくださった今は亡き石徹白小枝子さんの長尺を使ってたつけの裁断を行い、それをどのように組み立てると「たつけ」が完成するのかということを説明しました。

 

裁断のデモンストレーションの様子

 

「山間地・石徹白という土地や地域性自体に興味を抱いた」

「石徹白という土地で伝承されてきたものを、おばあちゃんたちに学んで作っていることに共感する」


「カッティングパターンが西洋のズボンと全く違って無駄がなく、非常に素晴らしい」


「日本人の伝統的な直線裁断という考え方に感銘を受けた」

などという感想をいただきました。

 

 

「たつけ」は国境を越えている

 

 私はもはや、これらの感想は日本の現代社会に生きる人々(私も含めて)とそれほど違いがないと気がつきました。「たつけ」自体の作り、そしてその背景の物語は、すでに国境を越えているのだと実感したのです。そして、これを広く国内外の人々に伝えることは、かつての日本人が大切にしてきた人やものへの思いやりに溢れた社会を築くヒントになるのではないかと、確信を深めています。

 

 このデモンストレーションを通じて交流した人々とは温かな空気を共有したせいか、なぜだか強い一体感を感じました。先人からいただいたパワーによって絆が生まれたのかもしれません。

 

参加者とともに記念撮影

 

 

 

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「石徹白洋品店」展示販売会と、トークイベントのご案内
2024年9月27日(金)〜29日(日)に自由学園明日館にて、石徹白洋品店の展示販売会を開催します。

28日(土)には、平野馨生里さんと今回のお話の中にも登場した”文化の翻訳家”吉澤 朋さんによるトークイベントを行います。

ウイリアム・モリスギャラリーでの展示で見たこと、感じたことを中心におふたりにお話いただく予定です。ぜひお運びください(要申し込み/会場は婦人之友社)。

 

▶詳細・お申し込みはこちらから

 

 


[編集部から]

平野さんたちが、先人から受け継ぎ地道に築いてきた石徹白地域のものづくりが、遠い国でも共感を得られたことに、私たちも嬉しく思います。

裁断のデモンストレーションに見入る人たちの姿が印象的です。

 

*ご感想メールを、ぜひ編集部へお寄せください。 

be@fujinnotomo.co.jp