しぜん・しごと・暮らしは地つづき 第4回「ここで子育てをしたい――自然と地域に惹かれて移住を決意」

 
 岐阜県にある白山国立公園の南側に位置し、縄文の時代から続くという集落、石徹白(いとしろ)。
 この地の自然と土地が培ってきた人々の暮らしを受け継ぎ、現在の私たちに「服づくり」という形で、古くて新しい文化を伝える「石徹白洋品店」の活動や日々の営みを、店主の平野馨生里さんがつづります。
 

 

石徹白洋品店の しぜん・しごと・暮らしは地つづき [第4回]

ここで子育てをしたい

――自然と地域に惹かれて移住を決意

平野馨生里(石徹白洋品店・店主)

 

 

 私がこの土地に引っ越してきたのは、20119月。20078月に初めて石徹白を訪れて以来、すぐに「ここに住みたい」と思い、家を探し、仕事を模索するなど、準備期間を経て4年後に移住が叶いました。

 

豊かな自然の中にある石徹白集落。

 

 ここに住みたいと思った理由のひとつが「子育て環境」です。その頃、私はまだ結婚しておらず、子どももいなかったのですが、いつか子育てするとしたら、自然豊かで、子どもも私自身ものびのびと安心していられる場所がいい、とぼんやり思っていました。

 

 

“子育て観”の背景

 

 なぜそう思ったのか。それは両親の影響だと振り返っています。

 私の両親は、休みになるとよく自然の中に私たち兄弟三人を連れて行ってくれました。混雑が嫌いな父は、リゾートに連れて行くより、山の中にある誰もいない渓流に私たちを放ちました。底が澄んで見える水の流れに足を入れたり、キラキラ光る丸い石を探すなど、私は夢中になって遊びました。

 

誰もいない渓流は最高の遊び場だった。

 

 兄と弟が所属していたボーイスカウトでは、登山やスキー、キャンプなどの行事があり、私もついて行っていました。

 ただただ自然の中にいて、そこで思いっきり深呼吸をして、緑に囲まれて過ごし、突然の大雨や雹(ひょう)に打たれたり、一面の星空を眺めたことが私の原体験とも言えます。両親に見守られ安心して、自然の中で目いっぱい遊ぶ。それが私の心も体も育ててくれたのだと、今になって心から感謝しています。

 

 中学校に入ってからは部活に勤しみ、仲間との時間が大切になっていきましたが、それ以前に、私の芯となる部分はすでに形成されていたように感じています。だから私は、自分の子どもたちにも、「自然の中で安心して目いっぱい遊ぶ経験をさせたい」と思ったのです。

 

 

石徹白で暮らしたい

 

 そして石徹白という土地と出合い、ここに住む人々と交流を続けるうちに、「この場所なら、安心して暮らせる」と感じました。ここに住む人たちは皆温かく、お互いに深い信頼関係もあり、見守り合っている。安心できるコミュニティがここにある、と確信しました。

 

地元のおじいさんが遊びに来てくださる。

 

 その上、山の中にある集落で、四季折々の自然は美しいだけではなく雪や寒さなどの厳しさもあります。「人として、自然の恩恵も厳しさも体験しながら生きていくのに、とてもふさわしい場所、こんなところで子育てできたら、どんなに豊かだろう」と思ったのです。

 

 それから、石徹白で暮らしていくための準備が始まりました。石徹白に通って、地域の人との関係性を深めていき、家探しの相談をしました。“服づくり”を仕事にするために専門学校に通って服飾の勉強を始めました。

 そして、念願の移住が叶ったのです。

 

 

人を信頼できる人になってほしい

 

 私の子育てでの願いのひとつは「人を信頼できる人になってほしい」です。私は出会った人には挨拶をすることや、「人を人として心から信頼していいものだ」と当たり前のように思える人になってほしいのです。

 それには、絶対的な安心感の中で日々を過ごすことが欠かせません。街場ではいろんな事件や事故があるので、なかなか難しいかもしれませんが、あの人は悪い人かもしれない、知らない人には近づいてはいけない……。人をいぶかしんで暮らさなければならないって、なんだか悲しいですね。

 

 石徹白では、子どもたちは皆に見守られています。家族や親戚ではなくても近所の人たちが子どもたちのことを気にかけてくれています。きっと昔は当たり前のことだったと思うのです。

 

地元のおばあちゃんに抱っこしてもらう四男。

 

 長男や次男が産まれた時、近所の人や小学生の子が、赤ちゃんを見にきて、抱っこしてくれました。その時、私はとても嬉しかったし、自分の赤ちゃんなのに、みんなの赤ちゃんでもあると感じて、子育てをひとりで全部抱えなくてもいいような安堵感を抱きました。

 

 子どもにとって、人を信頼できる環境というのは、子育てをしている親にとっても同じはずだしまず第一に大切なことだと思います。私がこの土地の人に絶対的な信頼を寄せていることが、子どもたちにも伝わると信じて、日々、地域の人々との温かなコミュニケーションの喜びに浸っています。

 

 

職住一体の暮らし

 

 石徹白洋品店の仕事と私の子育て、暮らしは一体です。何時から何時までオフィスビルで働いて、何時になったら帰ってきて、ご飯をつくる、というような区切りがありません。

 夏場は畑作業、冬は雪かきもあり、藍染をしながらお客様をお迎えしてという多様なことが、家と店舗と事務所と畑がひとつづきにある場所で繰り広げられています。

 

田んぼ作業も皆で一緒に。

 

 3時に小学生が帰ってくる時に、私は藍染で手を青く染めながら「おかえり」と言うことも多いです。お店にお客さんがいらっしゃる時に、保育園の子どもたちも混ざって、一緒におやつのスイカを食べることもあります。また、自宅用と、お客様に味見していただく漬物を、子どもたちに手伝ってもらって漬けることも。

 

 子どもたちは、「お母ちゃんの仕事ってなんなんだろう?」なんて思っているのかもしれませんが、暮らしも仕事も、子育ても全部一緒。私にとっては何ひとつとして切り離せない、全てが繋がっていることなのです。空と睨めっこしながら田畑で仕事をしている農家さんと、似ているのかもしれません。

 

 

石徹白の子どもたち、現状とこれから

 

 石徹白では、昭和30年代には1200人いた人口が減り続け、現在は200人ほどになってしまいました。小学生は、一番少ない時で全校児童4人。一時期はどうなることかと心配しましたが、地域の人々で構成する地域づくり協議会の「子育て移住推進」の活動成果もあって、今は全校児童13名、保育園児12名にまで増えています。ただ、小学校を維持するためには小学生が居続けなければならないので、移住やUターン促進の活動はこれからもずっと続いていきます。

 

 私はここ石徹白は、子育てするには素晴らしい土地だと実感しています。小学校の規模が小さいから友だちが少なくてかわいそう、と思う人もいるかもしれませんが、少ない人数の中でそれぞれが役割を担い、責任感を持って様々な局面を経験していきます。そのせいか石徹白の子どもたちはものおじすることなく、初対面の大人にも堂々と話をすることができます。

 

 大人数の中で突き抜けて一番になる、という経験はないかもしれませんが、それぞれの個性を大切にして、思いやりながら、何か問題が起きたら一つひとつ解決しようと努力します。そんな彼らはきっと将来、どんなところでも人間関係を丁寧に築いていけるのでは、と想像しています。

 

川で遊ぶ子どもたち(と夫)。体を目一杯動かして遊ぶ。

 

 夏は川遊び、冬は雪遊びとはっきりと変わっていくそれぞれの季節を、目いっぱい体を動かして経験することができるので、自然とのつき合い方を普段の生活で学んでいるように感じています。

 

新雪の上を歩いて子どもたちと軽登山。

 

 石徹白贔屓な私としては、この土地で一緒に子育てしてくれる人が増えるといいな〜、というのが本心で、「石徹白での子育ての魅力」をたくさんお伝えしました。ですが、結局、子どもにとってベストな環境とは、親がその地域での暮らしに満足し、幸せを感じていることなのだろうな、というのが私の結論です。

 

 もしこの土地での子育てに興味を持たれたら、一度足を運んでみてください。いつでもお待ちしております。

 

 次回は、石徹白洋品店の服作りの肝でもある「直線断ちの服」について紐解いていきたいと思います。

 

 


[編集部から]

四季を全身で感じながら、川を山を駆けめぐるお子さんたちの姿が目に浮かびます。

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