暮らしの達人セレクション「安部智穂さん・モノと暮らしのストーリー」01 | 婦人之友社 さあ、生活を発見しよう

暮らしの達人セレクション「安部智穂さん・モノと暮らしのストーリー」01

 

骨董市をめぐり、器や古道具を見るのが大好きな安部智穂さん。

暮らしの中で存分に使われて生かされるモノと、愛してやまないタイマグラでの暮らし、50代半ばを迎え「ここ数年は『選ぶ』ことを大事にしている」という心境の変化について、語ってくださいました。

(文・鈴木裕子/写真・筆者)

 

 


 

岩手県早池峰山麓の集落、タイマグラで暮らし始めて30年。安部さんは、「以前とは季節のめぐり方が変わってきている」と肌で感じています。地球温暖化の影響なのでしょうか。今年の夏も、北国とは思えないほどの暑さでした。

 

「ちょうど実りの季節が始まったところなのですが、今年は栗、くるみ、どんぐり、山ぶどう……あらゆるものが、移住して以来初めて見るくらいの大豊作。もしかして猛暑の影響かも?と、実りには感謝しつつちょっと複雑な心境です」

 

10年くらい前までは、それらすべての恵みをめいっぱい収穫しようとしていたと話す安部さん。しかしそんな心持ちも、年齢を重ねるにつれて少しずつ変化してきました。

 

周囲からはよく「田舎暮らしは、のんびりできていいですね」と言われることがありますが、実際はやることが多くてとても忙しいのだそうです。でも、移住した頃の安部さんは、何もかもが新鮮で面白く、それらを全力投球でこなしていました。

 

 

「ところが、年々、体力が落ちてきてしまって。そうしたなか、あれもこれもと頑張りすぎると、生活のよろこびや楽しみという感情が削られて、疲れだけが残ってしまう。それが嫌なので、ここ数年は『選ぶ』ことを大事にしているんです。

 

とはいえ、もともと欲張りな性格なので(笑)、ついあれもこれもと手を出し、反省する……ということを繰り返していますが、それでもだんだん『自分にとって今一番大事なこと』『心から楽しめること』を選ぶコツのようなものが、わかってきたような気がします」

 

秋の実りがどれもこれも大豊作の今年。安部さんが特に優先して収穫したのは「くるみ」です。くるみはここ2、3年、春の開花時期の遅霜が原因で、大凶作が続いていました。が、今年はかつてないほど豊作なので「この機会を逃すわけにはいかない」と安部さんは言います。

 

くるみは、岩手の人にとっては特別な食べもの。栄養価が高く、きちんと処理をして保管すれば数年間は保存がきいて、味もほとんど変わりません。とくに冬の寒さが厳しい山間部にあっては、くるみは命を支えるものでした。

 

「今も、人々にとってくるみを大切に思う気持ちは暮らしの中に深く根付いていて、くるみ以外の食べものでも、食べて元気になるおいしいもののことを『くるみ味がする』と表現するほどです。私自身、子どもの頃からパンやケーキにくるみが入っていて身近な食べものではあったのですが、タイマグラで暮らすようになってから、くるみの大切さを肌で感じるようになりました」

 

おいしくて大好物だからというだけでなく、命を支える大事な食材として、くるみをきちんと収穫して保管し、それらを料理やお菓子にしておいしく、ありがたくいただきたい。安部さんはその強い思いから、今年は優先してくるみを拾ったそうです。

 

 

することを「選ぶ」ようになったら、安部さんは以前にもまして生活を楽しめるようになりました。  

 

「家事って、やりだしたらキリがないですよね。別に完ぺき主義ではないけれど、つい、あれもこれもとしてしまう。でも、ちょっと立ち止まって、本当に今やらなくちゃいけないこと、やりたいこと、好きなことは何なのかなと考え、やらなくてもいいことをしなくなったら、体力的にも精神的にも余裕が生まれました」

 

「やらなくてもいいことをしない」と聞くと、断捨離をイメージしますが、安部さんの場合はそれとは少し違うようです。  

 

「無駄を省いてすっきり暮らすというのは、大事なことだと思うのですが、人ぞれぞれ好みがありますし価値観も違いますよね。私の場合、相変わらずものは多いのですが、どれも自分が本当に好きなものを厳選した結果なので(笑)、ストレスがないどころか暮らしがとても愛おしく、幸せな気分で毎日を過ごしています」  

 

そんな安部さんが、このたび、大好きなカゴと器、古道具について熱い思いを綴った1冊、カゴと器と古道具(婦人之友社刊)を上梓しました。日々、愛用しているカゴや器、古道具たちとの出会いのエピソードや使い方の工夫、お手入れの方法などがとてもわかりやすく、そして愛情たっぷりに紹介されています。  

 

「私にとって、カゴや器の『好き』の基準は、色や形の美しさ、かわいらしさはもちろんのこと、使いやすさや使い込むほどに醸し出される深みと味。そして、作り手さんのものづくりに対する思いや姿勢。おこがましいようですが、そういうものに出会うと、作り手さんを応援したくなって、わが家に迎えてしまいます。ひょっとすると、これも”推し活”の一つなのかしら(笑)」  

 

”推し活”を楽しんでいる人を見ていると、こちらまで楽しい気分に。幸せは、まわりに伝染するのかもしれません。  

 

「この本には、私の”好き”がギュギュッと詰まっています。熱量が強すぎて驚かれるかもしれませんが(笑)、読んだ後に『本当に好きなものがあるって、いいな』と思っていただけたら、私は大満足です」

 

(2024.10.16)

 

*次回は、安部さんが愛用する「三温窯」の器の魅力について、お話いただきます。

 

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安部智穂 あべちほ
森の暮らし案内人。1994年に桶職人の夫と岩手県早池峰山麓のタイマグラ集落に移住。山菜や木の実を採り、野菜を育てて保存食や発酵食にするほか、クラフト市を主宰するほど手づくりの道具が好き。たくさんの作家や職人とつながりを持ちつつ、自分でも草木染めやカゴづくりを楽しんでいる。著書に『森の恵みレシピ 春・夏・秋・冬』、カゴと器と古道具(共に婦人之友社刊)がある。